営業自動化 / LLMエージェント
「使われる」営業AIの作り方 — Slackで動く見積エージェントと提案書自動生成の本番設計
営業の自動化、と聞いて多くの人が思い浮かべるのは「AIが提案書を作ってくれる」デモでしょう。実際、提案書の下書きを生成するところまでは、いまのLLMなら驚くほど簡単に作れます。問題はその先です。作った提案書が、営業の現場で本当に使われるのか。
私たちはこれまで、複数の営業支援AIを本番に乗せてきました。この記事では、性格の違う2つの本番エージェント——広告枠の販売で営業担当がSlackに絵文字を押すと動く見積エージェントと、商社をはじめとする法人営業(B2B)向けに、企業調査から提案書まで一気通貫で作る提案自動化——をもとに、「デモ」ではなく「現場で使われ続ける営業AI」をどう設計するかを書きます。先に正直に言っておくと、ここで紹介するのは"正答率を何%上げた"という話ではありません。営業自動化でいちばん難しいのは精度ではなく、現場の業務に溶け込ませて、人間が安心して使える形にすることだからです。
なぜ営業AIは作っても使われなくなるのか
提案書を生成するAIを納品しても、数ヶ月後には誰も開かなくなる——これは珍しくありません。理由はだいたい3つです。
ひとつは、業務の流れに馴染まないこと。新しいツールを開いて、ログインして、入力して……という手間が増えるなら、営業はそれまでの自分のやり方に戻ります。ふたつめは、AIが断定してしまうこと。営業は最後は自分の判断で動く仕事です。AIが「この見積で出してください」と決めてくると、かえって信用されない。みっつめは、業界特有の"癖"を取りこぼすこと。営業の現場には、その業界でしか通じない略称や記号、掛け合わせの条件があり、これを雑に扱うと一発で「使えない」と判断されます。
つまり、営業AIの成否を分けるのは、モデルの賢さよりも、現場との"なじませ方"です。私たちが本番で効かせてきた設計原則を順に挙げます。
原則1: AIは「提案」、人が「決める」(Human-in-the-loop)
いちばん大事なのがこれです。営業AIの出力は、決定ではなく提案として返す。最終判断は必ず人に残す。LLMを自律的に動くエージェントとして使う設計は研究でも急速に体系化が進んでいますが(LLMエージェントの調査, Wang et al. 2023)、営業のように人が責任を持って決める業務では、自律させすぎず人を意思決定の中心に残すことが、むしろ"使われる"条件になります。
Slackで動く見積エージェントでは、AIが与件から過去の類似実績を探して見積の当たりを返しますが、それはあくまで叩き台です。営業はそのスレッド上で「この条件で」「いや、この会社で見て」と打ち直すと、エージェントが条件を上書きして再検索する。提案自動化のほうでも、AIが作ったドラフトに営業が商談の結果を入れて精度を上げていく。AIが先に走って、人が手綱を握る。この形だからこそ、営業は安心して使えます。
原則2: 営業が「いる場所」で動かす(SlackをエージェントのUIにする)
新しい画面を作らない、という選択もあります。営業がすでに一日中見ているSlackを、そのままエージェントの入口にする。デジタル広告枠(純広告)の見積業務で作ったエージェントは、まさにこの形です。
営業担当は、取引先から届いた見積依頼メールをSlackに貼り、そのメッセージに絵文字でリアクションを押すだけ。リアクションの種類が、そのまま「何をしてほしいか」の指示になります。状況に応じて「どの道具を使うか」を選んで動かすのは、LLMを"推論しながら行動するエージェント"として使うときの基本形です(ReAct, Yao et al. 2022/Toolformer, Schick et al. 2023)。返信は同じスレッドに来るので、会話の文脈の中で完結し、新しいツールを覚える必要がありません。
| リアクション | 指示の意味 | エージェントの動作 |
|---|---|---|
| 🔍 虫めがね | 与件を構造化して探す | 条件の近い過去実績・見積を検索 |
| 👁 目 | 取引先を見る | その取引先の過去実績を一覧 |
| 💰 お金 | 値付けまで踏み込む | 単価(CPM)を予測し、根拠つきで提示 |
スタンプひとつの裏で、実際には3段の処理が走っています。
抽出 — まず、自由文の見積依頼メールを、決まった型(スキーマ)に落とし込みます。広告業界特有の表現をどう吸収するかがここで効くのですが、その話は後述します(原則4)。
過去実績との突き合わせ — 次に、抽出した与件と、自社の配信実績や過去の見積(請求データ)を一件ずつ比べ、性別・年齢・興味関心・地域といった条件が合うほど高くなるルールで採点して、いちばん近い実績を選びます。このとき、なぜその実績を選んだのかという理由を必ず添えて出力させています。AIが「これが近い」とだけ言うのではなく、根拠まで見せるからこそ、営業は自分の判断で採否を決められる。検索は、自社の配信実績と過去見積を広告主名のベクトル類似で引き当てる仕組みで、参照するデータは毎日自動で更新しています。
単価の予測 — 最後に、お金の絵文字のときは単価まで踏み込みます。広告枠の値付けには、ベテラン営業の頭の中にある暗黙のルールがあります——基本単価があり、細かいデモグラを使えば上がり、配信エリアを絞れば上がり、繁忙期なら上がり、性年代を絞れば上がる。私たちはこの値付けの勘所をルールとして明文化し、与件に当てはめて単価を予測したうえで、過去の似た実績と突き合わせて大きくズレていないかを検証させています。属人化していた値付けを、根拠つきの叩き台に変える試みです。
ちなみに、このSlackで動く見積エージェントを本番に乗せたのは2024年——「AIエージェント」という言葉が業界の共通言語になる前のことです。流行が来てから作り始めたのではなく、現場の業務から必要に迫られて作り、運用してきました。私たちが受託でこだわっているのは、いつもこの順番です。
原則3: 商談の「前・最中・後」を、ひとつながりで支える
提案自動化というと、最後の「提案書を作る」工程だけを思い浮かべがちです。けれど営業の勝負は、提案書を書く前にほとんど決まっています。そこで私たちは、提案書を出力する単発の機能ではなく、商談の前・最中・後をひとつながりで支えるパイプラインとして組みました。各段でAIが具体的に何をするかを書きます。
商談の前 — 調べて、仮説を立て、武器を揃える
まずAIが相手企業と業界を調べます(外部情報の収集)。ただ情報を集めるだけでは営業の役に立たないので、その調査から一歩進めて「この会社はいま、こういう課題を抱えていそうだ」という課題仮説を立てる。そして、その仮説に充てられる自社商材を一覧化し、最後に「だとすれば商談で何を聞くべきか」というヒアリング項目まで用意します。つまり、調査 → 課題仮説 → 充てる商材の一覧 → 聞くべきこと、を商談前に一式そろえる。営業はゼロから準備するのではなく、AIが作った"当たり"を叩いて磨くところから始められます。
このとき、相手企業の外部調査と、自社の過去商材からの検索を同時に走らせています(並行実行)。外の文脈(相手の最新状況)と内の文脈(自社で何を提案できるか)を突き合わせることが、筋の良い仮説の条件だからです。商材や過去事例を引くところは、意味検索とキーワード検索を組み合わせたハイブリッド検索(統合手法のRRF——Cormack et al., SIGIR 2009)で取りこぼしを抑えています(検索設計の詳しい話はRAG精度設計の事例に書きました)。
商談の最中 — 話の流れに、商材を結びつける
商談が始まると、話は準備どおりには進みません。相手の発言から思わぬ論点が出てくる。そこでAIは、いま出ている話題に紐づけて、関連する自社商材や広げられる切り口を示します。営業はその示唆を見ながら、会話を止めずに「それなら、こういう提案もできます」と話を展開できる。商談を、用意した台本の再生ではなく、その場で広げられるものにするための支援です。
商談の後 — 議事録から、提案書まで
商談が終わったら、AIがまず議事録を生成します。そして"作って終わり"にせず、その議事録の内容——相手が何に反応し、どんな条件を口にしたか——をもとに最適な商材を選び直し、提案書の構築までつなげる。商談前に立てた仮説が、商談で得た生の情報で上書きされ、そのまま提案に反映される。前・最中・後で得た文脈が分断されずに流れていくことが、刺さる提案の条件です。
原則4: 業界の「癖」を構造化で吸収する
営業の与件には、その業界でしか通じない表現が山ほどあります。広告の世界なら、性別×年代を表す記号、媒体や代理店の略称、複数条件の掛け合わせ。これを自由文のままLLMに渡すと、解釈がぶれます。
そこで、抽出した与件を必ず決まった型(スキーマ)に落とし込み、その過程で略称を正式名称に直し、記号を正規化し、掛け合わせ条件を漏れなく展開する。型に嵌めることで、後段の検索や予測が安定します。地味ですが、ここを丁寧にやるかどうかが「使えるAI」と「惜しいAI」の分かれ目です。
本番の「泥臭さ」が、使われるかどうかを決める
最後に、いちばん語られないけれど効くのがこれです。営業AIを本番で動かし続けるには、デモにはない地味な作り込みが要ります。
長い処理がタイムアウトしないようにストリーミングで応答する、複数の処理を並行させて待ち時間を削る、外部連携の署名を検証して不正な起動を弾く、同じ通知が二重に走らないようにする——こうした本番運用の手当てを、自動スケールするマネージドなクラウド基盤の上で組んでいます。動くデモを作る力ではなく、止まらないものを作り切る力が、現場の信頼につながります。
正直な学び: 「使われているか」をどう測るか
最後に、誠実に課題も書いておきます。営業自動化でいちばん難しい評価は、精度ではなく「本当に使われているか」です。提案の質はある程度測れても、営業がそれを実際に使って受注につながったか、までを追うのは簡単ではありません。
私たちも、本番に乗せたあとで「利用率をどう上げ、どう測るか」を継続的な宿題として持っています。ここを最初から設計に織り込む——誰が、どのタイミングで、どう使うのかを具体的に描いてから作る——ことが、結局はいちばん効く。技術より先に、業務への入り込み方を設計する。営業AIに限らず、私たちが受託で大事にしているのはここです。
使われる営業AIの4原則(まとめ)
- AIは「提案」、人が「決める」 — 出力は叩き台。最終判断は必ず営業に残す。
- 営業が「いる場所」で動かす — 新しい画面を作らず、Slackをそのまま入口にする。
- 前・最中・後を一気通貫で支える — 調査から提案書まで、得た文脈を分断させない。
- 業界の「癖」を構造化で吸収する — 略称・記号・掛け合わせ条件を型に落として安定させる。
営業の自動化を考えているなら
提案書生成や見積、企業調査といった営業業務の自動化を考えているなら、一度話を聞かせてください。発注を前提とした商談ではなく、30分のオンライン相談です。いまの営業の流れのどこに時間がかかっていて、どこをAIに任せ、どこを人が握るべきか——本番で使われる形に落とすための当たりを、一緒につけます。
サービスの形はAI・業務システム開発に、検索・RAGの精度設計は商社の文書検索事例にまとめています。
参考文献
- Wang et al. (2023) A Survey on Large Language Model based Autonomous Agents — arXiv:2308.11432
- Yao et al. (2022) ReAct: Synergizing Reasoning and Acting in Language Models — arXiv:2210.03629
- Schick et al. (2023) Toolformer: Language Models Can Teach Themselves to Use Tools — arXiv:2302.04761
- Cormack, Clarke & Büttcher (2009) Reciprocal Rank Fusion outperforms Condorcet and individual Rank Learning Methods, SIGIR — PDF